30代で年収1000万プレーヤーになった研究者が学力の必要性について語ります。
私は偏差値のそれほど高くない地方国立大を卒業してメーカーで研究者をしています。 会社に入ってから旧帝大に3年通いました。 ちなみに、家が貧しかったので塾には行かず、夏季講習に1回行ったかなくらいです。
要はたいして勉強してなくても、偏差値高くなくても社会で活躍できるということです。
そんな私が「学力って成功するために必要?」って聞かれたら、答えは、「あった方がいいけど、重要な能力は他にもある」です。
学力がない。でも稼ぐ力があればいい
資本主義の世の中で必要なのはお金を稼ぐ力です。
お金を稼ぐ力というと誤解するかもしれませんが、会社の中では「利益になる成果をあげることです」
- 素晴らしい技術を開発する
- 売れる製品を開発する
- しょうもない製品でもガンガン売ってくる
- プロジェクトを推進する
これができれば、学歴・学力がなくても関係ありません。
私は東大卒の部下がいますが、その人に「頭の良さ」で勝てるかと言ったら、勝てません。圧倒的に完敗ですww
でも、稼ぐ力、成果を挙げる力で勝てるかと言ったら、圧勝します。そして社会では稼ぐ力が評価されます。つまり、年収が上がります。
なぜ東大卒や京大卒に勝てる?その理由
理由は簡単です。頭が良いだけじゃ成果が挙がらないからです。
- 頭が良ければ売れますか?
- 頭が良ければ人が手伝ってくれますか?
- 頭が良ければ新しい技術を開発できますか?
結局、頭がいいだけじゃ稼げないんです。
あくまで頭の良さは成果を挙げるための1つの手段で、同じように粘り強さや、人から協力を得られる人間性、などの他の手段があります。
なのに、子育てでは東大至上主義、偏差値至上主義なのはおかしくないですか?だって、成果を挙げる力の1つだけをクローズアップして必死に育てようとしてるんだから。
なぜ、偏差値至上主義なのか?
数値化できるからです。テストの点数で平等に判断できます。それだけだと思います。
同じように、協調性をテストの点数で測れたらどうでしょうか?採用する時にその点数を判断基準にしますよね?
そうすると、親たちは必死に協調性の点数を上げる教育をはじめます。
でも今は、協調性は測れない。だから、重要視されない。でも社会に出たら、いきなり求められる訳ですよ。そしてそれで評価される。
実は欧米では学力以外の能力である非認知能力を定量化するビジネスが流行ってます。もしかしたら、いきなり日本に導入されて、評価基準がガラッと変わるかもしれませんね。
ただ頭だけよくても使われるだけ
東大卒の部下にはよく難しい理論武装や解析を頼みます。私はそれをもって、色々なところでプロジェクトの価値を説明して、予算をもらって成果を挙げていきます。
つまり、ただ頭いいだけだと「使われるだけ」です。もし、東大卒の部下が辞めたら代わりの頭がいい人材を探してくるだけです。もっと言えば、お金を払ってやってくれる外注に出してもいいです。
つまり、頭がいいだけだと代わりがいるんです。
一方で、成果を挙げられる人や例えば0→1をデキる人はなかなか代わりがいません。つまり価値が上がって、給料が上がります。
あなたの子供にしかできないこと、長所はどこでしょうか?頭がいいだけの代わりがきく人材にしようとしてませんか?
偏差値の高くない私が評価される理由
これは熱量です。
絶対成功させてやるという熱量。
世の中の8割くらいをは熱量で乗り越えられる気がしますw
具体的な例を挙げます。
私は研究者ですが、日々の仕事で成果を出しつつ、自分のやりたい研究も時間を作ってやってました。
普通の人はそんなことしません。大変だから。ダラダラ飲んで、会社のグチを言っているだけです。
そして、なんか良さそうな結果が出たら、偉い人のところに言って「可能性あるから予算ください」と言いに行きます。これまた普通の人はしません。偉い人は怖いし、断られるのは目に見えてるから。
怒られても邪険にされても、何度もデータを取って説明に行きます。となりの部署の偉い人のところにも行ったりしました。そうしていくうちに「なかなか頑張ってるな」と思われてきます。そして、「ちょっとくらいやらせてみるか」と思ってくれる人もでてきます。
そして、やらせてもらえたら、必死で成果を出します。ここで成果が出るかは運と頑張り次第のところもありますが。
私の場合はここで成果を出して評価されました。
これはもの凄い評価されます。「自分でやりたい事を持ってきて、熱意が目に見えて分かって、成果も出した」。そんな人いないので。さらに成果は上司の成果にもなるので、上司も出世する。
そして、私も出世すると東大卒の部下なんかをつけてもらえて、頭の良さが必要な仕事は部下に任せられる。そうすると、私自身はそこまで頭が良くなくても良くなります。
なにが言いたいかというと、学力があっても使い方を知らないと意味がないし、行動できる人には簡単に負けちゃうよってこと。
今の時代、頭が良くても、受け身な人が多いのは事実です。そんな人は社畜として使われるだけ。成果を挙げようと思うと、頭が良いだけじゃダメ。
学力がない。でも大丈夫!で生きていける程、社会はイージーモードじゃない
いきなり180度意見を変えますが、学力は必要です。
理由は2つあります。
理由①ほんとうに優秀な人は学力も高い
私は学力がなくても非認知能力(学力以外の能力)が高くて成功しましたが、学力も非認知能力も高い超優秀な人が世の中にはいます。私が絶対勝てないと思う人達です。
なので、超優秀な人材に育てたければ、学力を上げる必要があります。
ただし、超優秀な人=稼げる人ではありません。変化の激しい時代なので、変化に合わせたビジネスをいち早く展開することで稼ぐ人たちもいますよね。
例えばユーチューバー。時代の変化に乗る能力も必要です。
理由②私みたいなタイプは稀
平均的に見たら学力が高い方が成果を挙げる能力に長けています。だから、学力なくても成功できるから、「勉強させなくてもいい」はリスク高めですね。
学力高くないと就けない職業もある
医者とか弁護士とか。なりたければ勉強するしかないですね。
まあ、どっちかというと医者や弁護士になりたいって言うよりは、頭がいいから医者になろう!って人が多い気がしますが。
あとは、狭い話ですが、海外では博士課程を修了してないと研究者として認めてくれません。海外の方がよっぽど階層社会です。
学力ないけど成功した経験を子育てにどう反映しよう?
ガンガン教育して学力を上げることは素晴らしいことだと思います。何をするにも頭の良さは必要なので。
ただ、世の中には使えない東大卒や京大卒の人材がたくさんいます。たぶん勉強しかしてこなかった人達です。
以前、某有名企業の人事の人と話したときに「東大卒はあたりはずれが大きくて、博打みたいなもんだ」と言っていました。
そんな、大人にならないように、学力を上げるのと並行して非認知能力も鍛えましょう。
ちなみにナツキ家の場合は?
一般的に良しとされる偏差値至上主義の子育てをしようとは思ってません。例えば、私立小学校入れたりとか。
理由は20個くらいあるんですがww、本記事と関係ある理由だけ言うと、
- 私自身が学力なくても、それなりに成功できた経験がある
- 学力以外の成功させるために必要な能力を教えられる
- これからの時代ますます学力以外の能力が重要になる
- 学力高くても幸せになるとは限らない
こんなとこです。
最近、育児研究の論文見てても、時代の流れを見てても、学力至上主義はちょっと違うかなと思ってます。
違うかなっていうのは、幸せになるための最短距離じゃないという意味です。
じゃあ、どう育てるの?はまた別記事で書きたいと思います。
学力あれば将来いろいろんな選択肢を取れる説
この主張を全面に押し出してくる人をみると、木を見て森を見ずって感じがします。
ただ、戦略的にはその通りだと思います。
あとは、これからの時代は学力評価の価値は下がっていくと思ってます。
【まとめ】学力なくてもいいけど、あった方がよい
結論だけ見ると月並みですけど、ないよりはあった方が良いに決まってます。
ただ、学力だけ育てても使えない大人になるので、たくさんの経験をさせて非認知能力を鍛えましょう。
そして、ポイントは「学力が高い子を育てる」という意識ではなく「社会で活躍できるためにどう育てるか」、
もっと言うと「幸せな人生を送る子にするためには」の観点で、その手段としての学力という考え方をしていくと、目的を失わずに子育てできるかなと思います。
まあ、色んな意見があるとは思いますが、学力だでは成功しない!はわりと当たってると思います。
最後に、この意見には「貧乏生活な幼少期を送って、ドラクエなんて欲しくない!とひねくれて育った貧乏コンプレックス&教育コンプレックスのバイアス」が多分に含まれておりますw
以上、おわり。